No.17 カヌーガイド 細谷信太郎さん

Story No.17 カヌーガイド 細谷信太郎さん

「野外遊びの楽しさとか面白さを、人と分かち合いたいんです」

細谷信太郎さん 3Profile
1971年生まれ。山形市の郊外で生まれ育つ。現在、西川町海味在住。 20歳の頃から約4年間、夏場は月山ポレポレファーム、冬場は蔵王で働きながら、野外遊びの世界にのめり込む。最上川や寒河江川でのカヌー・ラフティングのガイドを経験。現在も、カヌー、スキーをはじめ、トレイルランニング、トレッキング、スラックライン、山菜採りなど月山朝日エリアの自然の中でできる遊びを満喫している。西川小学校の授業の一環でもあるカヌー教室の先生もしている。1人娘を持つ父でもある。                ブログ「月山山麓遊び人

僕にとっての救い
  ここに住んでかれこれもう20年。豊かな自然をフィールドとした遊びを存分にできる、ここ西川町。カヌー、スキー、スノーシュー、トレイルランニング、トレッキング…。それぞれの遊びにそれぞれの面白さがあるおかげで、天気の良い日だともう何でもやりたくなっちゃうんですよね。例えば、春だとスキーをした後にカヌーをやりつつ山菜採りをするとか。
 以前は専門のカヌーガイドを目指していたけれど、どうやら自分には難しいようで。それで、主に休日を過ごすための極私的な野遊びの様子をブログで発信するという今のスタイルに落ち着いた感じです。その中でも、所属している月山朝日ガイド協会から依頼があって都合のつく時はガイドをしたり、旧水沢小学校のカヌー教室からのつながりで、現在の西川小学校カヌー教室のお手伝いなどもさせてもらったりしています。
  ただ「ちょっと遊びすぎてるな~。やるべきことを後回しにしすぎたな~。」と反省することが度々あり、実際家族にも迷惑をかけてしまうところがあって・・・。結局は遊んでばかりのダメな大人なんだと思いますね。
  だけど、現状として「カヌーを通して、少なからず誰かのためになれている」その事実に救われているところはすごく大きい。ただ遊んでいるだけじゃないんですよ。実際、自分が遊ばないと面白さも伝えられないですしね。

遊びの原点
  ―――山形市の郊外で生まれ育った僕は、子供の頃から外遊びばっかりしていました。例えば、あちこちにあったフナとかザリガニがいる防火用の貯水池で釣りをしたり、須川という、魚がほとんどいないような濁った川でも構わず泳いだり。それから、極限まで部品を外し改良・・・というか改悪した自転車に釣竿をつけて、遠い山の上にある沼に行って釣りをしたり…。だから、中学生の頃には自ずと「自然に近い所で暮らしたい」という夢を抱いていました。
  そんな時に出逢った『米軍サバイバルマニュアル』は強烈でした。影響されやすい僕はその本を読んだが最後、紹介されてあるサバイバル術を実践したくて居ても立ってもいられなくなったんですよね。
  ほんとに色んなことをやりました。例えば、友達と川原のススキをバッサバッサと木の枝でなぎ倒しながら進み、捕まえた5センチのハヤを炙り、というか燃やして食べては「おお~サバイバるぅ~」なんて言って笑いころげたり。今ではそんなことぐらいしか覚えていないけど、自分の遊びのルーツはそこにある気がします。おかげで、野外での変な自信がついた。(笑)
  今思えば、ツツガムシや破傷風といった、「恐いもの」を知らなかったんですよね。むしろ、危機的な状況になればなるほど喜んでしまう所があった。(笑)打ち震えてしまうというか。そうして何とか無事に家まで帰って来られた時には「乗り切ったぞ」みたいな満足感が心に広がっていて。
  ほとんどの子供がそうであるように、とにかくあの頃はすべて直感で遊んでいましたね。(今でもそうなんですけど。)

子どもの頃から変わらない思い
  中学生の頃、どこに遊びに行くにしてもまずは一人で出かけていたんです。それから、友達を一人か二人引き込むんですよ、半ば強引に。(笑)「絶対おもしろいから!」って言って。そうやって、山の上までへとへとになりながら自転車で連れて行くんですよね。帰りは帰りで、釣り竿をつけた自転車で爽快に山道を下ってくるんですけど、慣れている僕は転ばずに下っていても、後から来る友達はカーブにたまった砂に乗り上げて転んだりして…。遊びの中で何が危険なのか、そうやって徐々に学んできたんでしょうね。
  連れていった友達は、たいていの場合二回目とか三回目は来なかった。(笑)だけど、友達も、最初は僕の直感に期待してついてきてくれたような気もします。「こいつ、いったい何やるんだろう」みたいな。
  でも、動機はいたって単純。「自分が楽しいと思ったこととか場所を、どうしても人に味わってもらいたい」からなんですよ。
  そういう意味では、今やっている月山湖でのカヌー案内なども、その延長線上にあるんです。月山湖には自分なりに面白いと思う所がいくつもあって、(例えば、癒しの風景、岸辺の野生動物、不思議な現象を見られる場所)そういうのを人に教えたくて仕方なくなるんです。振り返ってみれば、“下見をした所に人を連れていく”というガイドの真似事のようなことを当時からやっていたんですよね。

子どもの頃から変わらない思い 2
  小学校のカヌー教室中にどうしても目がいってしまうのは、上手に漕げない子どもたち。僕の話を聞く余裕もなく、まっすぐ進めなくて苦労している子に「いかに僕の言葉を伝えるか」そこにすごく夢中になってしまうんです。それで、僕の一言が伝わって上手くできるようになった瞬間なんかはもう最高!同時に、その子の表情もパッと明るくなりますしね。やればできるんですよ、絶対に。
  ―――中学生の頃、いつも少数派のグループにいた僕のもっぱらの休み時間の過ごし方は、一人でつまらなそうにしている子の所に行って話し込むこと。それは、孤立した子たちの所へ行って盛り上げてあげたいという思いがいつもあったから。そして、彼らの無表情の内側に隠れた“その人らしさ”を何とかして見てみたかったから。ある時、そういう風に学校では孤立してつまらなそうにしている子が、家に帰って別人のようにはつらつと遊んでいるという場面に出くわしたことがあったんですよ。そういうのもあって、「本当の彼らは違うはず。」そんな信念みたいなものはありましたね。
  カヌー教室の時にしても、中学生の時にしても僕は結局「その人の素の笑顔を見てみたい」んでしょうね。

常に意識の中にいる、「子どもたち」
 カヌー教室で子どもたちにカヌーを教える時、基本的に一切強制はしないし、水に浮かんでしばらくはほとんど指示とか口出しもしないようにしています。僕がそういう接し方をするのは、まずは自分の思うような漕ぎ方で漕いでほしいから。長年やっていると、僕が発するカヌー操作のアドバイスが相手の心に届く「一瞬の隙間」というものがわかってくるんですよ。逆にその一瞬の隙間を逃すと、何を言っても伝わらない。そうやって一人ひとりにコツを伝えることが無性に楽しいんです。そして、「操作もだいぶ慣れてきたから、いよいよみんなで水上散歩に出られるぞ!」という時のワクワク感も大好きです。
 そんなカヌー教室の真っ最中に、広い月山湖の真ん中で「カヌーの座るところに立ってみてもいいですか?」なんて尋ねてくる子どもがいたら最高に嬉しいですね。もちろん水に落ちるわけだけど、それでいいと思うんです。そんでもって、後半になってくると、子どもたちはカヌーそっちのけで岸から湖に飛び込んで遊んでいるわけです。だけど、やっぱりそれでいい。ふらっと散歩する時に履くサンダルのような感覚でカヌーを「履き」、おおいに道草を食って遊ぶことができたなら、その教室は大成功だと思っています。 
 僕は基本的に子どもがすごく好きだし、子どもと遊ぶのもすごく好き。僕の精神年齢が低いから、子どもと遊ぶのがすごく楽しい。大人がそういう気持ちでいることが、子どもにとっても一番だと思いますしね。
 一人でカヌーをして遊んでいる時も、子どもたちのことが頭にあるから「一人じゃない」という感覚は常にあるんです。岸に上陸しておしゃれな石を拾ってポケットにしまったり、平べったい小石を投げる水切りや流木拾いなんかをしながら「ここに連れてきたら、子どもたちはどういう反応をするんだろう」って思い描いているからすごく楽しい。そのワクワクは、かつて友達を山に連れて行っていた頃と比べても全く色褪せてはいないんですよ。
 「子ども」というキーワードは、普段から僕の頭の中にあるんです。振り返ってみて、幼い頃の自分の体験が今にすごく生きていると思うからこそ、子どもたちにも原体験として何か提供してあげたいんですよね。やっぱり、子どもの頃に自然の中で面白い体験をする機会が多ければ多いほど、大人になってからそこ(原体験)に戻ってくる確率は高いと思うんです、たとえ一時期そこから離れてしまったとしても。きっと僕の思いを伝えたい対象として大きいんですよね、「子ども」という存在は。

この町で暮らす幸せ 
 西川町で暮らし始めて20年以上が経ちました。時が経つごとに、どんどんこの町の豊かな自然に魅せられている僕がいます。
 ここで暮らしていると「突発的に山や川に遊びに行ける」からうれしい。幸いなのは、妻もそれに同調してくれること。むしろ、僕より活動的かも?。そういうところは、昔一緒に遊んだ仲間と同じノリなのかもしれませんね。そんな妻も含めて、自分が遊びたいと思った時、あるいは遊んでいる時に誘いたい人が何人かすぐに思い浮かぶというのは幸せなことだと思っています。
 この町のいいところは、「類は友を呼ぶ」という感じで面白い人たちが集まっているところ。そのことは僕にとって心の支えになっています。共感しあえる人が近くにいるというのは安心しますよね。そして、人に伝えたくなる場所がいっぱいあるところ。月山湖をはじめ、月山そして朝日連峰の大自然。まだほんの一部しか知らない自分だけど、そういう所に行っては、面白さを伝えたい相手を思い浮かべてわくわくしている自分といつも出逢うんです。「絶対楽しいはずだ」っていう半ば押しつけのような思いがあるんですよね。(笑)その楽しさとか面白さを人と分かち合いたいんですよ。やっぱり、一人遊びはさびしいですから。
 「人と深いところでつながりたい」「人の役に立ちたい」僕は、そういう欲求が実は強いのかもしれません。現時点では、その欲求を満たすためのツールがカヌーや他のアウトドアスポーツであり、その欲求を満たせる場所、フィールドがここ西川町なんだと思います。


[編集後記]

細谷さんにカヌーを教わった子どもたちが、うらやましい。

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