#107 シューズミニッシュ 企画部 向(むこう)若菜さん

 

「設計」から「企画開発」へ
 10年前、さほど迷うことなくパタンナーという進路を選んだ向だが、デザインについては、はなから諦めているようなところがあった。設計するほうが好きだったというのもあるが、自分にはセンスがあるとは思えなかったというのもある。それほど深く考えていたわけではないが、専門学校で目にした、デザインスキルがずば抜けたデザイナー専攻の学生は、自身の判断に間違いがないことを教えてくれたようだった。
 降りてきたイメージを形にする天才肌、見た目が派手で独特な感性を持っている人……。そんな印象を抱かせる彼ら彼女らを羨ましく思わなかったわけではない。かといって、そうなりたいと強く願うほどの気持ちが湧いたこともない。それよりも自分の強みを伸ばそうという思いのほうが断然勝っていた。
「デザイナーのほうが才能に左右されるところが大きい一方で、パタンナーのほうが努力でカバーできるところが大きいとは思います。とすると、もしかしたら専門学校に入る時点で、技術職のパタンナーなら頑張ればやれる、と思っていたのかもしれません」
 ミニッシュでの仕事に慣れていくにつれ、向はものをつくることにとどまらず、その行く手にある商品の受注足数や売上動向を見て一喜一憂するようになっていく。
 兄弟会社(株)Regetta Canoeを含め、他社から依頼されたデザインを起こすOEM生産(他社ブランド製品の生産)を当たり前のようにこなすうち、ほんとうにこれは自分たちが作りたいものなのか、という疑問を抱くようになったのはいつだったか。OEM生産に頼ったままでは、企画部の企画力が低下するのを免れない―—。その意識はやがて向のなかに、自分たちの企画力を生かせるような独自ブランドを作りたいという思いを育んでいった。
 いずれにしてもデザインは避けては通れない道だったのかもしれない。かわいい見た目にしようとデザインして作ったものがそれなりに売れたにもかかわらず、あまり手応えがなかったこと。高本からときおり制作の意図を尋ねられたり、高本が生み出したデザインの意図を説明されたりするなかで、自分との違いを感じたこと……。ミニッシュでのそんな経験も相まって、自分には縁のないものだと捉えていた「デザイナー職」に新たな解釈が加わってゆく。
「いろんなものを見て、知識を吸収して、自分たちなりに思考を繰り返していく。そのなかで生まれるような、人に語れる意図や裏付けがあるデザインのやり方をしていきたいと思うようになりました。だから、デザイナー、デザインという言葉でくくらず、企画開発みたいに捉えたほうがいいのかなと思っています」
 「向は成長を止めないための努力を怠らない、いわば努力の凡才。むかしの自分と重ねてしまうところがある」と語るのはリゲッタブランド生みの親でもある高本だ。
 向は言う。「もともと仕事を回すのも下手くそやし、努力しないとやっていけない人間だと思っています。才能とかセンスとか、自分の内にあるものには頼れそうにないから、本を読んだりして外から得るようなことはやっていかなきゃなと。じゃないと会社の成長スピードについていけないと思うようになったんです」
 とはいえ、幼少期からいつもそばにあったものづくりに携われる楽しさが根底に流れていることは変わらない。企画畑で過ごすこと6年。数年前の“家出事件”こそあれ、居心地は良好。上司相手にきつめのブラックジョークを飛ばしても、怒られたことはない。
 「空気を読まない発言をするタイプ」と他人から言われることもある向は「心に浮かんだことが口をついて出てしまう感じ。あまり親しくない人と話すときは、それが出てしまわないように注意している(笑)」という。
 傍目からは無愛想でむっすりしていると見られがちな向は学生時代、冗談で「笑顔の練習になるから劇団に行ったほうがええんちゃう?」と言われたことがある。それもあってか、仕事中に同僚から「いましゃべりかけたらあかん顔してる」「殺気が出てる」と指摘されることも少なくない。自身、さほどイラついている自覚はないが、「思っていることを隠せないタイプなんでしょうね。何であれ、愚痴をボロボロこぼしても、手の中で転がしてくれるような仲間がいたりとか、けっこうまわりには助けられているんです」
 数年前に「仕事はチームでやるもの」という認識を得たことは、向にとって大きなターニングポイントとなっている。以前はかかりきりだった、ものを作る仕事を後進に譲れるようになって、ゆとりが出てきたというのもあるだろう。次はどんな企画を進めていこうか、いずれは自社ブランドを立ち上げたい……などと未来についてあれこれ考える時間が生まれたここ1,2年。新たなステージに足を踏み入れた向は、売れるものを作らなきゃというプレッシャーを抱えつつも、今までとは一味違う楽しみを感じている。
 まだ端緒にもついていない現状を踏まえれば、「自社ブランド立ち上げ」という目標を実現させるためには年単位の時間を必要とするはずだ。だが、企画部の仲間と共有した意識は、不確かな未来にすこしずつ輪郭を与えていくのだろう。

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