No.48 プランナー / プラクティショナー 浅倉かおりさん

Story  No.48  プランナー / プラクティショナー 浅倉かおりさん

「統括的な視点で物事を見られると、人はずいぶん楽になれると思うんです」

kaori_profileProfile
1965年生。山形県中山町出身、山形市在住。3歳頃、先天性胆道拡張症(総胆管嚢腫)を発症し、小学校1年から6年までの間に計5回の手術を受ける。高校卒業後、日本ジャーナリスト専門学校に3年間通い、卒業後、芸能事務所のマネージャー等を務めるが、23歳のときに病気が再発。再び入院生活を送る。これを機に実家に戻り、自宅療養生活を経て25歳の時より山形の広告会社に勤務。29歳で広告プランナーとして独立し、広告づくりのアイデア、コピーライティング、店舗や媒体のプロデュース、情報誌の編集などを行う。その傍ら、2006年よりフラワーエッセンスとの出逢いをきっかけに、呼吸法やエネルギーヒーリングなどを学び、2011年より個人のメンタルケアをメインとしたプラクティショナーとしての活動も開始。食や環境問題、ホリスティックに関する講演活動、エネルギーワークや瞑想会といったセミナー・ワークショップ、ラジオパーソナリティ、執筆などを行い、現在に至る。統合医療学会山形支部会員。
Web:http://a-kaori.jp
                                             photographed by kazufoto


 

”目に見えないもの”に目を向けて…
 私が今やっている仕事の一つに、個人のメンタルケアがあります。代替医療の1つであるフラワーエッセンスを使って、クライアントさんの心身の不調を改善していくお手伝いをしています。
 代替医療の比較対象として現代医療を挙げるならば、例えば風邪で熱が出たとき、病院で処方される解熱剤を飲むと30分~1時間後には熱が下がるじゃないですか。頭痛薬、胃痛薬など、現代医療は対症療法といって、身体の悪くなっている部分に焦点を当てて治していきますよね。一方代替医療の中でもフラワーエッセンスは根治治療で、不調になった根本の原因、「なぜ熱が出たのか?」「なぜ胃が痛いのか?」あるいは「なぜがんになったのか?」を掘り下げていくんです。つまり表に出てきた症状を改善するのではなく、症状がでるようになった元の部分を治癒していくということ。
 病気は過去の結果だから、急性のものは別として、今この瞬間に患ったものが、すぐに痛みとなって出てくるわけじゃない。特にがんなどは相当長い時間がかかっているはず。自分がそこに至ったプロセスを振り返りながら、自分の過去を自分でしっかり自覚する。過去の出来事自体は変わらないけれど、自分の意識の変化、例えばあの時自分は無理をしていたんだな、頑張り過ぎていたんだな、我慢していたんだなと、心情を理解することも治癒につながるんですよね。「病は気から」の”気持ち””感情”の部分を診るということでしょうか。
 ただ、決して対症療法を否定しているわけではないんですね。対症療法の薬にもメリットはあるし、代替医療と西洋医学は拮抗するものじゃない。大切なのはどんな方法を取り入れていくかということ。そこを踏まえると、自分にあった治癒のスタイルを選んでいける環境があることが理想でしょうか。ホリスティックや統合医療が提唱されているのも、こうした理由からだと思っています。
 個人セッションを受ける方は、病気治療が必要な方ばかりではありません。多いのは、自分がこれからどう生きていきたいか、今いま抱えている問題をどう解決したらいいか、といった自分の人生を見つめる時期、自分が生きる意味を探求する時期がきた方です。
 最初のセッションは90分くらい時間を頂きます。クライアントさんと話しながら、いま苦悩している感情は職場の人間関係なのか、家庭環境なのか、あるいはトラウマなのか・・・。その状況に対してなぜ負の感情を抱くのか・・・。深く潜って一緒に洗い出していくという感じでしょうか。その過程でクライアントさんも自分で気づいてこられるんですよ、問題があるところに。例えば、パートナーとの関係がうまくいっていない原因が、実は子供の頃に持ってしまった両親に対する心のしこりだったというように、思わぬところに行き着くこともある。そのしこりに対して、どんなケアをしていけばいいのかを考えていくんです。
 ならば具体的にどういうケアをしていくのかーー?ある出来事に直面したとき、人によって反応する感情が違いますよね。怖いと思う人、苛立つ人、焦る人、不安になる人など色々いるじゃないですか。反応の違いは、その方の根本的な気質(今回の人生におけるベーシックなキャラクターやエネルギーのこと)の違い、すなわちフラワーエッセンスで言うタイプレメディによるものと考えます。人はみんな、それぞれ、お母さんのお腹の中からオギャーと出てくる直前までは明確な魂の気質を持っているんだけれども、両親や家庭という最初の宇宙に育まれ、そこでの教育やしつけによって染まってゆくもの、被さってゆくものがいっぱいある。セッションで目指すのは、段階的にそれらの色を抜いていくこと、1枚ずつはがしてゆくこと。なので、クライアントさんが自分自身の本質に戻っていくためにも、初回はじっくりとカウンセリングの時間をとって、その方に出ている感情のタイプ・パターンに合わせたフラワーエッセンスを選ぶんです。1回の服用期間はだいたい3週間から1ヶ月くらい。自分の陥りやすい思考や感情のクセが分かったり、解決する方法に気付いたり、内観と変容がうながされていったりするんですね。
 フラワーエッセンスは副作用がないということで植物やペットに使う人もいます。でも、彼らは人間と違ってカウンセリングを受けなくても効くんですよ。というのも、彼らは人間みたいに思考に色んなフィルターがかかっていなくて、あれこれ過剰に悩まないから。「プラシーボ効果(思い込み)だ。」代替医療の範疇に入るものの中にはそう言われるものもあるみたいですけど、フラワーエッセンスの場合は思い込みという思考がない動植物にも効果がある、そして歴史的な蓄積から多くの臨床が取れているという点で、世界各国で使われているのだと思います。最近は量子力学の分野を知る人も増え、”単なる個人の感覚”で片付けられていたような事柄も、具体性を持って立証されるようになってきましたからね。古代から継承されたきたものと科学の発達。両者のバランスがとれた時代へと向かっていけばいいなと思っています。
 ただね、私個人としては科学的根拠があるかないかより、もっと大事な領域があるって思っているんですよ。仮に、成分や数値化できない不思議なものでもすばらしい結果が出たというなら、結果オーライとなるわけで。重要なのは本人が効果を感じているかどうかじゃないかな。例えば、目の前に弱っている人がいて、その人のことを心から愛する人が「大丈夫だよ。元気になるよ。」って毎日言い続けたら回復した、ということだって十分に起こりうるはずですから。スポーツ選手が「ファンの応援のおかげで頑張れた」というのもきっと同じこと。愛を数値化するなんてできないですもんね。100の臨床を待つよりも、たった1つでも可能性や結果が出たのなら、そこを見落としたくない。つまるところ、それぞれにそれぞれの方法があって、その人にフィットするかどうかが大事だと思っています。

仕事の喜び  
 今の仕事をするにあたって、もう1つ役立っているのが占星術です。昔は女子のお愉しみアイテムみたいに思っていて、まったく信じていなかったんですけどね。(苦笑)自分のホロスコープを作ってもらう機会があって、それを見た時に反省したんですよ、自分はなんてあさはかだったんだって。たかだか70年、80年の人の寿命なんて軽々と超えた時間で運行している宇宙のリズムと、それを体系化させていった先人たちの叡智を内包している占星術は(暦もそうだけど)、自然界や宇宙のリズムに沿って生きていくことの大切さ、人間は地球に住む1つの生命体であること、大いなる全体と個としての自分、そしてそのつながりを思い出させてくれました。
 占星術やフラワーエッセンスを通して気付けた、もう1つの良かった点は、「人は全員が違う気質を持っている」ということ。人間関係の悩みって、多くはそこに由来するものでしょう。「あの人の言動は理解できない。なぜ?」と悩んだとき、魚座の個性だから、それが双子座らしさだから…と考えたら楽になると思います。
 自分と他者との関係だけじゃなく、自分の内面で起きている矛盾や葛藤で悩むケースもありますよね。占星術やフラワーエッセンスはそこもひも解いていきます。例えば、”のびのびと放浪の旅をして生きる”という魂のビジョンを持って生まれてきても、両親に求められるがままに公務員になって堅実で安定した人生を歩んでいる人がいたとすると、自己葛藤を抱えたまま生きているわけだから、きっとどこかで無理がでてくることがある。そんな時に、何かしらのツールを使って自分の本質に気づくことができたなら、親の気質を知り感謝の念を抱きながらも、自分の道を選ぶ意識が芽生えてくるはず。周囲から期待されたキャラクターではなく、本来の目的に従って生きていけるようになると思いますから。
 そうやって一緒に洗い出していく過程に一つの喜びがあるんです――。最初のセッションでは、ものすごく落ち込んだ状態で来られるクライアントさんもいます。絶望的な出来事に遭遇したとか、八方ふさがりだとか。セッションの中ではそういう人たちの”闇”の部分、言い換えればすごく大事な側面を共有させてもらうわけです、どちらかというとその人が持つ”光”、”輝き”を見せてもらってきた広告の仕事での取材の時とは違って。誰にも言えないようなことも聞くわけですよ。でも”闇”って全然悪いものではなく、常に”光”と対になっていて、誰もが行ったり来たりしているもの。そこを共有しながら、それぞれの人が持つ本質に一緒に触れる瞬間は感動的です。人によっては過去世のトラウマまで辿っていける人もいますし、「あ!」って声に出してしまうときもあります。一方で、すぐに結果が出ないこともあるけれど、それもまた大事なんだろうと思います。本人にとって必要な時間やプロセスを通して変容していくのだから、私が何とかしようと思ったらダメなんです。私自身が中道、中庸であることが問われる仕事ですね。鍛錬とリラックスの両方が必要で、貴重な時間を頂いていると思っています。 

私の原点 ~病院で過ごした時間~
 フラワーエッセンスを学び始めたのは、2006年のこと。でも、人が治ることや目に見えない世界への興味、関心はそれ以前からあったんですよね。

 子供の頃の私は、何度も病気にかかり毎年のように入院を余儀なくされていました。――病名がわかった小学校1年生の時以来、小学校在学中は夏休みとか冬休みの度に入院していたし、6年の間に5回お腹を切りました。麻酔が切れてきた時は、もうほんとに痛くてね~。ベッドの脇についているパイプの柵を握りしめながら「痛い~、痛い~」って堪えているシーンは鮮明に残っていますから。それに、夜、小児外科の病室で寝ていると、看護師さんが薬をいっぱいのせたキャスターを押しながらいつもより早いスピードで廊下を走っていく足音がする。どこかの病室で何かがあったんだなとか思いながら眠りに落ちた次の日、朝起きると「○○号室の○○ちゃん、亡くなったんだって」という声を耳にするんですよ、毎回ではないけれど。「上の階で、奇形の子が生まれて入院しているんだって」というウワサが聞こえてくることもありました。他にも、生まれてからずっと顔しか動かない女の子(当時14歳位だったんじゃないかな)もいました。身体を起こせないから自分が着ている服すらちゃんと見ることができなかったみたい。そんな彼女にとって病室はおうちみたいなものだから、彼女に付き添って看病するお母さんにとっても同じようなもの。特別に好きなように飾り付けしてもいいと認められていた病室は、アニメの世界のように賑やかでした。でも、小学生の私には現実から切り離されたようなその空間に何か独特のものを感じて近づけなかった…という思い出もありますね。
 私がいた病棟は私と同じ病気の子どもが多く集まっていたんです。当時は完治の確率がそんなに高くなかったから、「治らないなら治らないって言ってもらった方が割り切れるのに」と漏らしていたお母さんもいました。「治るかもしれない」と言われて、かすかな希望を抱きながらずっと病院にいなきゃいけない、そうした家族の辛さも知りましたよね…。
 そんな環境でいわゆる一般社会の中で健康じゃないとされる子どもたちや、そこに付き添う両親の姿を色々見聞きする中で感じていたのは、治らない病気ってこんなにあるんだなってこと。「どんなに科学や医学が発達しても追いつかないもの、解明できないもの、コントロールできないものって世の中にたくさんある」という今の私の考えの土台になっているのかなぁ、病院という別社会の営みを見てきたという経験は。病院にいた日数だけを数えたら小学校時代を通して4~5ヶ月ほどなんだけど、インパクトがありすぎたせいか、いわゆる子どもらしい、楽しい学校生活はあんまり覚えていないんですよね。(笑)――

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