#60 珈琲焙阡人 ひぐらし 佐藤泰史さん

佐藤泰史さん
「極めたコーヒーの味を世間に伝えていきたいんです」

 

1966年生。山形県鶴岡市出身、在住。20歳の頃より約20年間、職業を転々としながらサラリーマン生活を送る。その傍ら、高校生の頃よりはまったコーヒーの自家焙煎を趣味として行う。2007年、京都の自家焙煎コーヒー・ガロのマスターより伝授された焙煎技術を手に独立。2010年より、軽自動車で山形県内の様々なイベントに出店するケータリングサービスを開始。インターネットを通じた豆の販売も行っている。 ウェブサイトはこちら

 記事公開:2014-01-08

 

珈琲屋を始めて
 遡ること、約5年前――。真冬の吹雪の中、印刷屋に作ってもらった1万部ほどのチラシを、全て手配りで鶴岡市内の各戸に配ったのがひぐらしの出発点でした。最初の頃は今のようなケータリングサービスは行っておらず、焙煎した豆を店に卸したり、一般のお客さんに注文販売したり。08年には酒田市の楯の川酒造さんとコラボしてコーヒーリキュールを売り出したり。けれども事業はなかなか軌道に乗らず、日々は過ぎてゆきました。
 2010年、今のように軽自動車でのケータリングサービスを始めたことが転機となったでしょうか。とは言え、始めた当初は上手くいきませんでしたけどね。1、2年続けていく中で、徐々に波及していって、イベントに呼ばれる頻度も増えるようになっていったという感じです。近年は、雪が降らない時期の土日祝日はほぼ全てと言っていいくらいあちこちに出回っていて、日程が重なってお断りすることもあります。基本的には、依頼があれば、山形県内どこでも飛んでいくというスタイルでやっているのですが、自身、あんまり待つタイプでもないので、性格的にも合っているんですよね。
 商売をする上での私のモットーは、昔の京商人、大阪商人、近江商人のいいとこ取りをするということ。京商人で言えば、卓越した技術を持っている、いわば職人的なところ。大阪商人で言えば、他の良い部分をしたたかに取り入れるところ。そして近江商人で言えば、仕入れたものをわらしべ長者的な感じで旅をしながら売り歩いた当人たちのように営業マン的なところ。まぁざっくり言えばですが。というのも私の場合、技術職にカテゴライズされるような豆の焙煎を自分の手で行い、それを自分で売る商人でもあるわけですから。

技術との出逢い
 そんな風に売り方としては試行錯誤しながら色々と形を変えてきました。けれど、自身の焙煎技術に関しては当初より自信を持っていたんです。京都のガロさんから教わった焙煎技術は、業界トップレベルだとの自負はありましたから。
 ――コーヒーにこだわり始めたのは、遡ること約30年前の高校生の頃。男ってこだわるところはすごくこだわるじゃないですか。スタートはネスカフェのゴールドブレンドでしたが、凝れば凝るほど物足りなくなってサンプルロースターを使うようになり、2、3年後には自分で粗熱煎りをして豆を焙煎するようになっていました。
 でも、その当時、自身にとってコーヒーはあくまでも趣味の域。それで飯を食っていこうという発想はなく、一般企業に就職し会社員として働く傍ら、休日には仙台を中心にコーヒー店行脚のようなことをやるようになりました。
 そんな生活が約20年続いた2004年。その行脚の末たどり着いた…と思えるような出逢い。それが、何の気なしに訪れた京都のガロさんとの出逢いでした。そこで出されたコーヒーは味が良かったことに加えて、マスターのコーヒーに対する思い入れも感じたし、話の内容とコーヒーの味が一致するなと感じたんです。
 有名な店とも知らず、技術を盗んでやろうといった下心もなく訪ねていったこともよかったんでしょうか、会って間もないうちにマスターと意気投合し、そのまま成り行きでマスターが私に技術を教えてくれるという流れになったんです。――実はちょうどその頃、私の胸には趣味の域を脱したい、商売云々ではなく、自宅でもプロの味を堪能したいとの思いが膨らんできていたんですよね。そのためには1kgの焙煎機が必要で、それさえあればプロの味が出せるはずだから…と考えていた時に、マスターがその機械を譲ってくれたんです。でも、それは私の勘違いだった。プロの味を出すためにある技術が必要不可欠なんだとマスターから教わったんですよ。そこで、「しょうがねぇから」とマスターは私にその技術を教えてくれたんです。
 コーヒーの美味しい部分ってさほど違いはないと思うのですが、ガロのコーヒーはそれ以外の雑味がないというか、澱みがないという感じなんですね。その味をなぜ生み出せるかというと、豆を焙煎する際に必ずできてしまう煎りムラを限られた時間内で限りなくゼロに近づける技術をマスターは持っているということなんですよ。実際、その技術は、プロとして焙煎をされている方でも極められていないというか、気づかれていない技術ですから。ほんの些細なことなのですが、それを持っているか否かで、コーヒーの味に天と地ほどの差が生まれるんです。
 でも、実を言うと、その技術は何年も、あるいは何十年もかけてようやく手にするような類のものではなくて、普通の人でも教わって1日あればマスターできるようなものなんです。というのも、焙煎というのはほとんどが機械任せだから。手作業と言えば、豆を入れるタイミングや温度調節といった過程くらいのもの。だから、正直誰でもできるっちゃ誰でもできるんですよね。
 とはいえ、そこは差がつくところでもあります。なぜなら、手作業の部分では五感を研ぎ澄ませることが必要とされるから。厳密に言えば、基本的に同じコーヒーの味ってありえないんですよね。豆の一粒一粒をとってみても、樹の枝先にあったものなのか、幹に近い方にあったものなのかによっても味は違ってきます。そんな豆が商品としてパッケージングされる時にごちゃ混ぜになります。それから、焙煎の段階でも季節や、釜の温まり具合によって味は違ってくるわけです。
 私自身、最近はこれまでの経験にプラスして毎日のように焙煎していることもあり、味の違いにはすごく敏感になっていますね。日常的に煎りムラのない味のコーヒーを飲んでいるから、ちょっとでも焙煎が失敗していたりするとすぐにわかります。
 コーヒーに限らず、けっこう興味を持ったものはとことんやるというタイプなんですよね。逆に興味がないことは、全くノータッチのような感じです。何でもかんでもできるわけじゃないですから。なので、八方美人は好きじゃないし、二足のわらじっていうのもあんまり好きじゃない。
 例えば、かつて虫もけっこう極めたんですよ。小さい時から好きだったんですけど、何てったって、見た目のフォルムがかっこいいじゃないですか。90年代、オオクワガタが流行った時、山形県ではおそらく木から採集した個体数はNo.1というところまで行っていましたから。(今は一切やっていませんが。)
 実は骨董品にも興味があるんですけど、ハマったらやばいなという自覚があるから、あえて封印しているんですよね。(笑)

自信がある
 それはさておき、とにかく味には自信があったから、いずれ浸透していくだろう、まずはスタートさせようというのが、当初の思いでしたよね。
 そうして山形では全く出回っていないような豆を広めようと試みるも、飛びついてくれるのは一部の人だけという芳しくない結果に。上から目線のように感じられるかもしれませんが、それで気づいたんですよね、高いレベルのものを提供したからといって、お客さんが喜んでくれるというわけでもないんだってことに。その経験を踏まえて、一般の消費者の目線に立って提供していこうと軌道修正し、比較的万人受けするようなものとして2009年に売り出したのがだだちゃ豆コーヒーでした。
 やっぱり、味覚ってその人の今までの経験値に左右されるというか、経験したことのない味に対してはどの人も違和感を感じるもの。一方で、食べ慣れたものを食べると脳の中で美味しいものとして受け取られ、これは安全なものだとパッと判断する。だから、おふくろの味って絶対なんですよ。
 コーヒーで言えば、一般の人が普段喫茶店などで飲んでいるコーヒーって、5、60点くらいなんです。ちょっと美味しいなって感じるものでも、65点くらい。だとすると、60点台後半のコーヒーを提供していれば、普通の人は美味しいと感じるんです。なぜなら、それ以上の80点とか90点のコーヒーの味を経験したことがないわけだから。きっと、私が当初提供していたコーヒーっていうのも、飲んだ人の記憶の中に存在するコーヒーの味とあまりに異なっていたから受け入れてもらえなかったんだと思うんです。
 だから今、実は内々で計画しているんですよ、来年は本当に美味しいコーヒーの味はこういうもんだよってことを世間に伝えようって。そのモノの本当の価値が認められていないってことは、食などといった他の分野でも往々にしてあるんでしょうが、私の場合、専門となるコーヒーの分野でそれをやりたいなと。
 やっぱり、何でも上を見ないと、自分の今いる位置ってわからないと思うんです。例えば、鶴岡市の近辺で一番高い山と言えば鳥海山です。でも、よそに行けば、もっと高い山がいっぱいありますよね。だとしても、外に出たことがなかったり、見たことがなければ、鳥海山が一番だと思ってしまうわけで。そこで留まっていれば満足なのかもしれないけれど、一旦それよりすごいものを見てしまうと今までの認識が改められるじゃないですか。コーヒーも同じで、他にもっと美味しいコーヒーがあるってことをうまくプロデュースできたら、全体的なレベルアップにも繋がるはず。

感じすぎるがゆえに
 何というか、本物を見つめたいという思いは強いんですよね。「間違ってる」とか「違う」ってことには、ちょっとうるさいのかな。
 コーヒーに限らず、他の分野でもそうだから、色んな分野に目配せしないようには気をつけています。というのも、わかりすぎてしまうから。特に、味の分野ではそう。例えば、つい最近、山形市の焼き鳥屋に行って食事をした時、マスターに「何か、これ海の味しますよね?」と尋ねたら、彼は「いや、海産物は使ってないんだけどな…」と首をかしげた後、「そう言えば、海産物が原料に含まれただしにくぐらせてあるよ。お客さん、よくわかりますね」と言ったんですよね。そんな風に私はどうやら普通の人がわからない味もわかるみたいなので、あんまり食べ歩きをしないし、コメントもしないようにしているんですよね。
 祖母の影響なんでしょうか。小さい頃から舌に関しては肥えていて、味付けとかに関してはうるさかったみたいですから。今も例えば、市販の食パンを食べたりすると、添加物等を使用しているのがすぐにわかるんです。
 おそらく、五感を駆使する分野が私には向いているんでしょうね。かつてハマった虫であれば、視覚であり。そういった”つぼみ”がたまたま引っかかったコーヒーで開花したという感じでしょうか。
 そうそう。実は私、けっこう耳がいいんですよ。音楽で言えば、音符とかはわからないけれど、聞いた音の音程をほぼずらさずにそのまま口笛で再現できるんです。かと言って、音域とかが問われる歌は普通ですが…。(笑)
 だから、部屋に設置してあるレコードも原音に近い音が出るような設定をしています。というのも、原音との違いを違和感として受け取ってしまうから。CDで音楽を全く聞かないというわけではないですが、CDでは直接的に音が耳に入ってくる、つまり生演奏している場は作ってくれないですから。以前、ホールで行われた音楽ライブに行った時にしても、座っている場所が音源から近すぎて居るに居られなかったですしね。マイクやアンプを使って音を拡張すると余計な音圧が来るからダメなんですよ。
 たぶん、感じすぎちゃうんでしょうね。普通の人が自然とシャットアウトしている部分のものも受け取ってしまうというか。
 そうそう。コーヒーにこだわる人って、それ以外にこだわる趣味の分野も似通っているんですよ。例えばガロのマスターも、私と同じようにカメラとかオーディオにもこだわる人ですから。目が向く方向が近いというか、似た者同士という感覚はありますね。 

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