#64 ひつじや 代表 西塚 洋平さん


 少し遡れば、一度家を出て、自立して生活するというステップも必要だったと思います。なぜなら、そこで「自分たちで食ってかなきゃいけない」という責任を感じられたから。もしずっと家にいて、親から小遣いをもらって暮らしているという状況が続いていれば、たぶんそうできなかったんじゃないかな。
 加えて、妻というパートナーの存在も大きいですよね。例えば後ろ向きなことを言っているときっちり指摘してくれるなど、4つ年上の彼女に尻を叩かれて動いてきた部分も多分にあるし、僕は助けられましたよね。
 今、彼女もひつじやで一緒に仕事をしているいわゆる家族経営ではあるんだけど、人を雇用して店を回していかないといけない部分もあるから、大変っちゃ大変。接客する上でも、お客さんにも色んな人がいて、理不尽なことを言われたりもするから大変っちゃ大変…。「大変だ」とは癖がつくから言わないようにしているんですけど、たまにポロッと出ちゃうんですよね。(笑)まぁ結局は、それをどう捉えるかですから。接客に関して言えば、まともに捉えてもダメだと気づき、上手く流せるようになってきたかな。経験を積むことで対処の仕方がわかってきたんでしょうね。
 今振り返れば、そんなに苦しい思いをすることもなかったかなと思うんですよ。自分が勝手に気負っていただけだなって。でも、その当時は必死でやっていましたからね。経済的な余裕もなかったし、無我夢中だった。ただ、前向きな行動ではなかったというのが正直なところ。いつもマイナス思考で、常に何かに追われているような切迫感を感じながら仕事をしていましたよね。だから、自分の中で大きく変わったのは意識の部分なんです。
 やっぱり、ほんと最近のことなんですよ、仕事を楽しくやれるようになったのは。――3年前。初めて会ったイタリアのワイン生産者たちや飲食店の人たちが手放しに僕が育てた羊の肉を褒めてくれたこと。その後は色んなとこに行き、僕が何にもしていなくとも「西塚さんです」と紹介されるような場面も増えたこと。それが僕の中に自信を、そしてこれからも続けていこうという大きな活力源を生み出してくれたんですよね。


<編集後記>

3年前、西塚さんが経験した喜びの味は、長期間“熟成”された分だけ深かったのかもしれない。

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