#78 Cafe Espresso 店主 高橋 昌平さん

 家庭の食卓では、チーズフォンデュや手打ちパスタを作ったりもする。
「食べることがすごく好きで、色んなものを作りたいんです。でも、牛肉の霜降りステーキや中トロの刺身を買い求めることはありません。食に対してさほどお金はかけないけれど、気や時間はかけているかな。それも私にとっての”豊かさ”なんです。
 だから、モノの量こそ多けれど、シンプルさはあると思うし、それでも十分幸せを感じています。逆に、極端だけど、「立派なスーツを着て、ベンツに乗って、ロータリークラブにいて…」という生活はまったく受け入れられない。思えば、南米を好きになったのも、出発する前に描いた「対極の世界」に当てはまるような場所だったからでしょう。だから、来世でも、”贅沢”な環境ではなく、また今と同じような”シンプルな”環境に生まれてきたいですね」
 他にも、高橋にとって外せない”豊かさ”のピースがある。
 かつて母が元気だった頃、高橋が当たり前のように着ていたボロボロのTシャツを見て、「(恥ずかしいから)そんな服を着て町に出ないでくれ」と言われたことがある。旅をしている間に着続けたあげく、ボロボロになっていたが捨てずにとっていたTシャツを、「雑巾にもならない」と妻が知らぬ間に捨てていたこともある。そのTシャツの肩から胸にかけてバックパック着用時の摩擦と汗で部分的に変色。背中に至っては、ほとんど色が抜けきったような状態となっていた。
「古い云々の問題じゃない。思い出を通した、自分との結びつきなんですよ。まぁ、それにしてもボロかったので、誰が見ても捨てようという発想になっただろうとは思いますけど(笑)。
 結局、今感じている”豊かさ”も、過去の色んな思い出によって作られている面は相当あるんじゃないかな。そして、その中でも4年半の旅の思い出は核となっているんです。
 振り返ってみて、思い出という面に限らず、いかに旅が自身の核になっているかを実感するんですよ。経験上、「総合的に”すべて”を感じるには旅が一番だ」と言い切れるのかもしれないし、だから人にも薦められるんでしょう。極端に言うと、旅が(自身の)すべてなんです。
 ただ、いつまでも40年前のことが核になっていていいのかなとは思います。でも、その反面、40年間も核としてあり続けられるほど濃い体験だったと言えなくもないなと。その「核」からトゲがたくさん生えてきたという見方もできるでしょうし。
 だから、20代半ば頃、誰かから「甘っちょろい」などと言われる前に、このままじゃいけないと感じられてよかったなと。私の性格上、もし言われていたらそれとは逆の方へと向かいたがったでしょうから(笑)」
 
 

<編集後記>
情報の大洪水に浸されやすい今においては、あえて防波堤を築かない限り守れないものもあるのかもしれない。
 

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